日蓮大聖人御書
ネット御書
(聖愚問答抄上)
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*聖愚問答抄上     /文永二年   四十四歳御作

 夫れ生を受けしより死を免れざる理りは賢き御門より卑き民に至るまで人ごとに是を知るといへども実に是を大事とし是を歎く者千万人に一人も有がたし、無常の現起するを見ては疎きをば恐れ親きをば歎くといへども先立つははかなく留るはかしこきやうに思いて昨日は彼のわざ今日は此の事とて徒らに世間の五慾にほだされて白駒のかげ過ぎやすく羊の歩み近づく事をしらずして空しく衣食の獄につながれ徒らに名利の穴にをち三途の旧里に帰り六道のちまたに輪回せん事心有らん人誰か歎かざらん誰か悲しまざらん。
 嗚呼老少不定は娑婆の習ひ会者定離は浮世のことはりなれば始めて驚くべきにあらねども正嘉の初め世を早うせし人のありさまを見るに或は幼き子をふりすて或は老いたる親を留めをき、いまだ壮年の齢にて黄泉の旅に趣く心の中さこそ悲しかるらめ行くもかなしみ留るもかなしむ、彼楚王が神女に伴いし情を一片の朝の雲に残し劉氏が仙客に値し思いを七世の後胤に慰む予か如き者底に縁つて愁いを休めん、かかる山左のいやしき心なれば身には思のなかれかしと云いけん人の古事さへ思い出でられて末の代のわすれがたみにもとて難波のもしほ草をかきあつめ水くきのあとを形の如くしるしをくなり。
 悲しいかな痛しいかな我等無始より已来無明の酒に酔て六道四生に輪回して或時は焦熱大焦熱の炎にむせび或時は紅蓮大紅蓮の氷にとぢられ或時は餓鬼飢渇の悲みに値いて五百生の間飲食の名をも聞かず、或時は畜生残害の苦みをうけて小さきは大きなるにのまれ短きは長きにまかる是を残害の苦と云う、或時は修羅闘諍の苦をうけ或時は人間に生れて八苦をうく生老病死愛別離苦怨憎会苦求不得苦五盛陰苦等なり或時は天上に生れて五衰をうく、


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