日蓮大聖人御書
ネット御書
(新池御書)
<1.前 P1442
2.次>
仏は法華以前の迦葉舎利弗目連等をば是を供養せん者は三悪道に墮つべし、彼が心は犬野干の心には劣れりと説き給いて候なり、彼の四大声聞等は二百五十戒を持つことは金剛の如し三千の威儀具足する事は十五夜の月の如くなりしかども法華経を持たざる時は是くの如く仰せられたり、何に況やそれに劣れる今時の者共をや。
建長寺円覚寺の僧共の作法戒文を破る事は大山の頽れたるが如く威儀の放埒なることは猿に似たり、是を供養して後世を助からんと思ふははかなしはかなし、守護の善神此の国を捨つる事疑あることなし、昔釈尊の御 前にして諸天善神菩薩声聞異口同音に誓をたてさせ給いて若し法華経の御敵の国あらば或は六月に霜霰と成りて国を飢饉せさせんと申し、或は小虫と成りて五穀をはみ失はんと申し、或は旱魃をなさん或は大水と成りて田園をながさんと申し、或は大風と成りて人民を吹き殺さんと申し、或は悪鬼と成りてなやまさんと面面に申させ給ふ、今の八幡大菩薩も其の座におはせしなり争か霊山の起請の破るるをおそれ給はざらん、起請を破らせ給はば無間地獄は疑なき者なり恐れ給うべし恐れ給うべし、今までは正く仏の御使出世して此の経を弘めず国主もあながちに御敵にはならせ給はず但いづれも貴しとのみ思ふ計りなり。
今某仏の御使として此の経を弘むるに依りて上一人より下万民に至るまで皆謗法と成り畢んぬ、今までは此の国の者ども法華経の御敵にはなさじと一子のあひにくの如く捨てかねておはせども霊山の起請のおそろしさに社を焼き払いて天に上らせ給いぬ、さはあれども身命をおしまぬ法華経の行者あれば其の頭には住むべし、天照太神八幡大菩薩天に上らせ給はば其の余の諸神争か社に留るべき、縦ひ捨てじと思食すとも霊山のやくそくのままに某呵責し奉らば一日もやはかおはすべき、譬えば盗人の候に知れぬ時はかしこやここに住み候へども能く案内知りたる者の是こそ盗人とののしりどめけばおもはぬ外に栖を去るが如く、某にささへられて社をば捨て給ふ、
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