日蓮大聖人御書
ネット御書
(南条殿御返事)
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いかにいうともかなうまじき事なり、失もなくして国をたすけんと申せし者を用いこそあらざらめ、又法華経の第五の巻をもつて日蓮がおもてをうちしなり、梵天帝釈是を御覧ありき、鎌倉の八幡大菩薩も見させ給いき、いかにも今は叶うまじき世にて候へばかかる山中にも入りぬるなり、各各も不便とは思へども助けがたくやあらんずらん、よるひる法華経に申し候なり、御信用の上にも力もをしまず申させ給え、あえてこれよりの心ざしのゆわきにはあらず、各各の御信心のあつくうすきにて候べし、たいしは日本国のよき人人は一定いけどりにぞなり候はんずらん、あらあさましやあさましや、恐恐謹言。
= 後三月二十四日                    日蓮花押
%   南条殿御返事
*九郎太郎殿御返事      /建治二年九月 五十五歳御作

 いゑの芋一駄送り給び候、こんろん山と申す山には玉のみ有りて石なし、石ともしければ玉をもつて石をかう、はうれいひん(彭蠡浜)と申す浦には木草なしいをもつて薪をかう、鼻に病ある者はせんだん香用にあらず、眼なき者は明なる鏡なにかせん。
 此の身延の沢と申す処は甲斐国波木井の郷の内の深山なり、西には七面のかれと申すたけあり東は天子のたけ南は鷹取のたけ北は身延のたけ四山の中に深き谷ありはこのそこのごとし、峯にははこうの汲フ音かまびすし、谷にはたいかいの石多し。
 然れどもするがのいものやうに候石は一も候はず、いものめづらしき事くらき夜のともしびにもすぎかはける時の水にもすぎて候ひき、


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