日蓮大聖人御書
ネット御書
(曾谷殿御返事)
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百千の白馬一時に悦びなきけり、大王の御いろなをること日しよくのほんにふくするがごとし、身の力心のはかり事先先には百千万ばいこへたり、きさきもよろこび大臣公卿いさみて万民もたな心をあはせ他国もかうべをかたぶけたりとみへて候。
 今のよも又是にたがうべからず、天神七代地神五代已上十二代は成劫のごとし先世のかいりきと福力とによつて今生のはげみなけれども国もおさまり人の寿命も長し、人王のよとなりて二十九代があひだは先世のかいりきもすこしよはく今生のまつり事もはかなかりしかば国にやうやく三災七難をこりはじめたり、なをかんどより三皇五帝の世ををさむべきふみわたりしかば其をもつて神をあがめて国の災難をしづむ、人王第三十代欽明天王の世となりて国には先世のかいふくうすく悪心がうじやうの物をほく出来て善心をろかに悪心はかしこし、外典のをしへはあさしつみもをもきゆへに外典すてられ内典になりしなり、れいせばもりやは日本の天神七代地神五代が間の百八十神をあがめたてまつりて仏教をひろめずしてもとの外典となさんといのりき、聖徳太子は教主釈尊を御本尊として法華経一切経をもんしよとして両方のせうぶありしについには神はまけ仏はかたせ給いて神国はじめて仏国となりぬ、天竺漢土の例のごとし、今此三界皆是我有の経文あらはれさせ給うべき序なり、欽明より桓武にいたるまで二十よ代二百六十余年が間仏を大王とし神を臣として世ををさめ給いしに仏教はすぐれ神はをとりたりしかども未だよをさまる事なし。
 いかなる事にやとうたがはりし程に桓武の御宇に伝教大師と申す聖人出来して勘えて云く神はまけ仏はかたせ給いぬ、仏は大王神は臣かなれば上下あひついでれいぎただしければ国中をさまるべしとをもふに国のしづかならざる事ふしんなるゆへに一切経をかんがへて候へば道理にて候けるぞ、仏教にをほきなるとがありけり、一切経の中に法華経と申す大王をはします、ついで華厳経大品経深密経阿含経等は


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