日蓮大聖人御書
ネット御書
(開目抄上)
<1.前 P0188 2.次>

しかれども外道の法九十五種善悪につけて一人も生死をはなれず善師につかへては二生三生等に悪道に堕ち悪師につかへては順次生に悪道に堕つ、外道の所詮は内道に入る即最要なり或外道云く「千年已後仏出世す」等云云、或外道云く「百年已後仏出世す」等云云、大涅槃経に云く「一切世間の外道の経書は皆是れ仏説にして外道の説に非ず」等云云、法華経に云く「衆に三毒有りと示し又邪見の相を現ず我が弟子是くの如く方便して衆生を度す」等云云。
 三には大覚世尊は此一切衆生の大導師大眼目大橋梁大船師大福田等なり、外典外道の四聖三仙其の名は聖なりといえども実には三惑未断の凡夫其の名は賢なりといえども実に因果を弁ざる事嬰児のごとし、彼を船として生死の大海をわたるべしや彼を橋として六道の巷こゑがたし我が大師は変易猶をわたり給へり況や分段の生死をや元品の無明の根本猶をかたぶけ給へり況や見思枝葉の惑をや、此の仏陀は三十成道より八十御入滅にいたるまで五十年が間一代の聖教を説き給へり、一字一句皆真言なり一文一偈妄語にあらず外典外道の中の聖賢の言すらいうことあやまりなし事と心と相符へり況や仏陀は無量曠劫よりの不妄語の人されば一代五十余年の説教は外典外道に対すれば大乗なり大人の実語なるべし、初成道の始より泥。の夕にいたるまで説くところの所説皆真実なり。
 但し仏教に入て五十余年の経経八万法蔵を勘たるに小乗あり大乗あり権経あり実経あり顕教密教ュ語語実語妄語正見邪見等の種種の差別あり、但し法華経計り教主釈尊の正言なり三世十方の諸仏の真言なり、大覚世尊は四十余年の年限を指して其の内の恒河の諸経を未顕真実八年の法華は要当説真実と定め給しかば多宝仏大地より出現して皆是真実と証明す、分身の諸仏来集して長舌を梵天に付く此の言赫赫たり明明たり晴天の日よりもあきらかに夜中の満月のごとし仰いで信ぜよ伏して懐うべし。


<1.前 P0188 2.次>