日蓮大聖人御書
ネット御書
(御義口伝巻下)
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是に随い喜ぶを随喜とは云うなり惣じて随とは信の異名なり云云、唯信心の事を随と云うなりされば二巻には随順此経非己智分と説かれたり云云。
第二口気無j穢優鉢華之香常從其口出の事
 御義口伝に云く口気とは題目なり、無j穢とは弥陀等の権教方便無得道の教を交えざるなり、優鉢華之香とは法華経なり、末法の今は題目なり、方便品に如優曇鉢華の事を一念三千と云えり之を案ず可し、常とは三世常住なり其口とは法華の行者の口なり出とは南無妙法蓮華経なり、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは常従其口出なり云云。
 法師功徳品四箇の大事
第一法師功徳の事
 御義口伝に云く法師とは五種法師なり功徳とは六根清浄の果報なり、所詮今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は六根清浄なり、されば妙法蓮華経の法の師と成つて大なる徳有るなり、功は幸と云う事なり又は悪を滅するを功と云い善を生ずるを徳と云うなり、功徳とは即身成仏なり又六根清浄なり、法華経の説文の如く修行するを六根清浄と得意可きなり云云。
第二六根清浄の事
 御義口伝に云く眼の功徳とは法華不信の者は無間に堕在し信ずる者は成仏なりと見るを以て眼の功徳とするなり、法華経を持ち奉る処に眼の八百の功徳を得るなり、眼とは法華経なり此の大乗経典は諸仏の眼目と、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は眼の功徳を得るなり云云、耳鼻舌身意又又此くの如きなり云云。


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