日蓮大聖人御書
ネット御書
(法華経題目抄)
<1.前 P0942 2.次>

此の須弥山に針を立ててかの須弥山より大風のつよく吹く日いとをわたさんにいたりてはりの穴にいとのさきのいりたらんよりも法華経の題目に値い奉る事かたし、さればこの経の題目をとなえさせ給はんにはをぼしめすべし、生盲の始めて眼をあきて父母等をみんよりもうれしく強きかたきにとられたる者のゆるされて妻子を見るよりもめづらしとをぼすべし。
 問うて云く題目計りを唱うる証文これありや、答えて云く妙法華経の第八に云く「法華の名を受持せん者福量る可からず」正法華経に云く「若し此の経を聞いて名号を宣持せば徳量る可からず」添品法華経に云く「法華の名を受持せん者福量る可からず」等云云、此等の文は題目計りを唱うる福計るべからずとみへぬ、一部八巻二十八品を受持読誦し随喜護持等するは広なり、方便品寿量品等を受持し乃至護持するは略なり、担一四句偈乃至題目計りを唱えとなうる者を護持するは要なり、広略要の中には題目は要の内なり。
 問うて云く妙法蓮華経の五字にはいくばくの功徳をかおさめたるや、答えて云く大海は衆流を納めたり大地は有情非情を持てり如意宝珠は万財を雨し梵天は三界を領す妙法蓮華経の五字また是くの如し一切の九界の衆生並に仏界を納む、十界を納むれば亦十界の依報の国土を収む、先ず妙法蓮華経の五字に一切の法を納むる事をいはば経の一字は諸経の中の王なり一切の群経を納む、仏世に出でさせ給いて五十余年の間八万聖教を説きをかせ給いき、仏は人寿百歳の時壬申の歳二月十五日の夜半に御入滅あり、其の後四月八日より七月十五日に至るまで一夏九旬の間一千人の阿羅漢結集堂にあつまりて一切経をかきをかせ給いき、其の後正法一千年の間は五天竺に一切経ひろまらせ給いしかども震旦国には渡らず、像法に入って一十五年と申せしに後漢の孝明皇帝永平十年丁卯の歳仏経始めて渡って唐の玄宗皇帝開元十八年庚午の歳に至るまで渡れる訳者一百七十六人持ち来る経律論一千七十六部五千四十八巻四百八十帙、是れ皆法華経の経の一字の眷属の修多羅なり。


<1.前 P0942 2.次>