満 月 城 岡 山
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キーワード:"法華経"で検索します。
 1  P0001   有る人予に問うて云く世間の道俗させる法華経の文義を弁へずとも一部一巻四要品自我偈一句等を受持し或は
 2  P0002  り、其の間又つぶさに六道四生に輪廻し今日釈迦如来の法華経を説き給うに不退の位に入る所謂舎利弗目連迦葉
 3  P0003  れにては候へども謗法の一分にやあらんずらん其の故は法華経を我等末代の機に叶い難き由を仰せ候は末代の一
 4  P0004  メのわづかの供養随喜の功徳は経文には載せられざるか如何、其の上天台妙楽の釈の心は他の人師ありて法華経
 5  P0005  功深き事を示して以て経力を顕わす」文文の心は謬つて法華経を説かん人の此の経は利智精進上根上智の人のた
 6  P0005   問うて云く何なるすがた並に語を以てか法華経を世間にいゐうとむる者には侍るやよにおそろしくこそおぼえ
 7  P0006  答えて云く始めに智者の申され候と御物語候いつるこそ法華経をいゐうとむる悪知識の語にて侍れ、末代に法華
 8  P0006   問うて云く其の証拠如何、答えて云く法華経勧持品に云く「諸の無智の人悪口罵詈等し及び刀杖を加うる者有
 9  P0007  る暗禅の法師並に彼等を信ずる在俗等四十余年の諸経と法華経との権実の文義を弁へざる故に、華厳方等般若等
10  P0007  法闡提のものをおそるべしと誡めたり闡提の人と申すは法華経涅槃経を云いうとむる者と見えたり、当世の念仏
11  P0008  法華経を知り極めたる由をいふに因縁譬喩をもて釈しよくよく知る由を人にしられて然して後には此の経のいみ
12  P0008  れに依つて謗法の衆生国中に充満して適仏事をいとなみ法華経を供養し追善を修するにも念仏等を行ずる謗法の
13  P0009  そ侍るなれ一文不通の我等が如くなる者はいかにしてか法華経に信をとり候べき又心ねをば何様に思い定め侍ら
14  P0009  厳方等般若浄土の観経等は了義経、又四十余年の諸経を法華経に対すれば不了義経法華経は了義経、涅槃経を法
15  P0010  只一口におぼしめし切らせ給い候へ所詮法華経の文字を破りさきなんどせんには法華経の心やぶるべからず、又
16  P0010  て云く或智者の申され候しは四十余年の諸経と八箇年の法華経とは成仏の方こそ爾前は難行道法華経は易行道に
17  P0011  ず実経の人も権経におち権経の人次第に国中に充満せば法華経随喜の心も留り国中に王なきが如く人の神を失え
18  P0011  して爾前を嫌うに二義あり、一には約部四十余年の部と法華経の部と相対して爾前は・なり法華は妙なりと之を
19  P0012  うに四の筋目あり、一には爾前の経に四教を立つ二には法華経と爾前と相対して爾前の円を法華の円に同じて前
20  P0012   問うて云く法華経を信ぜん人は本尊並に行儀並に常の所行は何にてか候べき、答えて云く第一に本尊は法華経
21  P0013  て云く只題目計を唱うる功徳如何、答えて云く釈迦如来法華経をとかんとおぼしめして世に出でましまししかど
22  P0013  て云く此の法門を承つて又智者に尋ね申し候えば法華経のいみじき事は左右に及ばず候但し器量ならん人は唯我
23  P0014  其の上仏も四十余年の間法華経を説き給はざる事は若但讃仏乗衆生没在苦の故なりと在世の機すら猶然なり何に
24  P0014  は本と善根ありて今生の内に得解すべき者の為には直に法華経を説くべし、然るに其の中に猶聞いて謗ずべき機
25  P0015  りみず後を思ふ故に灸を加うるが如し、又仏在世には仏法華経を秘し給いしかば四十余年の間等覚不退の菩薩名
26  P0015  ましまして先ず四十余年の権大乗小乗の経を説き後には法華経を説いて言わく「若以小乗化乃至於一人我則堕慳
27  P0016  こし三昧を発得する人世に多しなんぞ権実二経を弁へて法華経を詮とせざるや、答えて云く阿竭多仙人外道は十
28  P0021   法華経に云く「悪世の中の比丘は邪智にして心諂曲に未だ得ざるを為れ得たりと謂い我慢の心充満せん、或は
29  P0023  五逆誹謗正法の誓文に背き、遠くは一代五時の肝心たる法華経の第二の「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば乃
30  P0029   法華経に云く「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば即ち一切世間の仏種を断ぜん、乃至其の人命終して阿鼻獄
31  P0029   夫れ経文顕然なり私の詞何ぞ加えん、凡そ法華経の如くんば大乗経典を謗ずる者は無量の五逆に勝れたり、故
32  P0032   法華経の第二に云く「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん」と、同第七の
33  P0033  Vを思うに未来亦然る可きか、此の書は徴有る文なり是れ偏に日蓮が力に非ず法華経の真文の感応の至す所か。
34  P0035  べざるが故なり、若し此の事妄言ならば日蓮が持つ所の法華経守護の十羅刹の治罰之を蒙らん、但偏に国の為法
35  P0037  ・摩竭提国・寂滅道場に在つて始めて正覚を成ず」と、法華経の序品に放光瑞の時・弥勒菩薩・十方世界の諸仏
36  P0038  万・恭敬合掌し礼して我に転法輪を請ずと」此等の説は法華経に華厳経の時を指す文なり、故に華厳経の第一に
37  P0038  答えて云く浅深の次第なるか或は後分の華厳経なるか、法華経の方便品に一代の次第浅深を列ねて云く「余乗有
38  P0038  給うなり、問うて云く何を以て之を知るや、答えて云く法華経の序品に華厳経の次の経を説いて云く「若し人・
39  P0039  槃経已前の諸経を列ねて涅槃経に対して勝劣を論じ而も法華経を挙げず、第九の巻に於て法華経は涅槃経より已
40  P0039  て云く無量義経の後に何の経を説き給うや、答えて云く法華経を説き給うなり、問うて云く何を以て之を知るや
41  P0040  経は次第不定なり、或は阿含経より已後に華厳経を説き法華経より已後に方等般若を説く皆義類を以て之を収め
42  P0040   問うて云く法華経と無量義経と何れが勝れたるや、答えて云く法華経勝れたり、問うて云く何を以て之を知る
43  P0040   問うて云く法華経と涅槃経と何れが勝れたるや、答えて云く法華経勝るるなり、問うて云く何を以て之を知る
44  P0040  @問うて云く涅槃経の文を見るに涅槃経已前をば皆邪見なりと云う如何、答えて云く法華経は如来出世の本懐な
45  P0041  め分身の諸仏は舌相を梵天に付け給う是くの如く諸経と法華経との勝劣を定め了んぬ、此の外・釈迦一仏の所説
46  P0041  は六界を明すは小乗・十界を明すは大乗なり、其の外・法華経に対して実義を論ずる時・法華経より外の四十余
47  P0041  常の習いなり末学に於ては是非定め難し、未だ聞知せず法華経に対して諸大乗経を小乗と称する証文如何、答え
48  P0042  明さば、問うて云く証文如何、答えて云く十の証文有り法華経に云く「但大乗経典を受持することを楽て乃至余
49  P0043  ~覚・大仏頂等の諸経は小乗及び歴劫修行の不了義経に対すれば了義経なり法華経の如き了義には非ざるなり。
50  P0044   法華経の如きは序分無量義経に慥に四十余年の年限を挙げ華厳・方等・般若等の大部の諸経の題名を呼んで未
51  P0045  分は誤り有るか、所以に心地観経の法爾無漏の種子・正法華経の属累の経末・婆沙論の一十六字・摂論の識の八
52  P0047  り、大集・雙観経等の住滅の先後は皆随宜の一説なり、法華経に来らざる已前は彼の外道の説に同じ、譬えば江
53  P0047   問うて云く諸経滅尽の後特り法華経のみ留る可き証文如何、答えて云く法華経の法師品に釈尊自ら流通せしめ
54  P0048  、其の第一の喩は川流江河を以て四十余年の諸経に譬え法華経を以て大海に誓う、末代濁悪の無慚無愧の大早・
55  P0048  の後の字は四十余年の諸経滅尽の後の後の字なり、故に法華経の流通たる涅槃経に云く「応に無上の仏法を以て
56  P0049  燻瘉ネ小乗化・乃至於一人我則堕慳貪の失を脱れんが為に入大乗為本の義を存し本意を遂げ法華経を説き給う。
57  P0050  ては念仏を以て最勝と為し次下に爾前最勝の念仏を以て法華経の一念信解の功徳に対して勝劣を判ずる時・一念
58  P0050  うる源空が重罪何れの劫にか其の苦果を経尽す可きや、法華経の法師品に持経者を罵る罪を説いて云く「若し悪
59  P0050   問うて云く正しく源空が法華経を誹謗する証文如何、答えて云く法華経の第二に云く「若し人信ぜずして斯の
60  P0051  相貌は此の法を捨てしむるが故なり、選択集は人をして法華経を捨てしむる書に非ずや閣抛の二字は仏性論の憎
61  P0053  の義を存せず、其の上若し修し易きを以て易行と定めば法華経の五十展転の行は称名念仏より行じ易きこと百千
62  P0054  、難易・勝劣と云い行浅功深と云い観経等の念仏三昧を法華経に比するに難行の中の極難行・劣が中の極劣なり
63  P0054  ぬ、最後に一つの問答有り爾前の禅定・念仏三昧を以て法華経の一念信解に対するに百千万億倍劣ると定む、復
64  P0055  浄土の法門を捨てざらんや一乗は真実の理と得る時専ら法華経に依るに非ずや、源信僧都は永観二年甲申の冬十
65  P0055  破する人なり所以に妙楽大師の末代の鈍者無智の者等の法華経を行ずるに普賢菩薩並に多宝十方の諸仏を見奉る
66  P0055   仏の入滅は既に二千余年を経たり然りと雖も法華経を信ずる者の許に仏の音声を留めて時時・刻刻・念念に我
67  P0056  観ぜざれども・く十方法界を照す者なり此等の徳は偏に法華経を行ずる者に備わるなり、是の故に法華経を信ず
68  P0056   総じて天台・妙楽の三大部の本末の意には法華経は諸経に漏れたる愚者・悪人・女人・常没闡提等を摂し給う
69  P0057   問うて云く大論は般若経に依つて二乗作仏を許さず法華経に依つて二乗作仏を許すの文如何、答えて云く大論
70  P0058  、所謂地論師・摂論師の一代の別時意趣・善導・懐感の法華経の一称南無仏の別時意趣・此等は皆権実を弁えざ
71  P0058  れ摂論師並に善導等の釈は権実二教を弁えずして猥りに法華経を以て別時意趣と立つ故に天台妙楽の釈と水火を
72  P0060  るに世間の道俗豈諸経を信ず可けんや、次下に亦書して法華経等の雑行と念仏の正行と勝劣難易を定めて云く「
73  P0061  言に於て難を付けて或は去年の暦・祖父の履に譬え或は法華経を読むは管絃より劣ると是くの如き悪書・国中に
74  P0064  権実二経を弁えざるを雑濫と云うなり、故に末代に於て法華経を信ずる者は爪上の土の如く法華経を信ぜずして
75  P0064  一切経を開き見て法華経を読み難行道の由を称し選択集の悪義を扶けんが為なり経論を開くに付て弥謗法を増す
76  P0066  らく此の念を抛つて十住毘婆沙論を開き其の難行の内に法華経の入不入を・がえ選択集の準之思之の四字を案じ
77  P0066  聞く」[已上]此の文の意は経巻を以て善知識と為す、法華経に云く「若し法華経を閻浮提に行じ受持すること
78  P0066   又云く「若し我成仏して滅度の後十方の国土に於て法華経を説く処有らば我が塔廟是の経を聴かんが為の故に
79  P0067  ・般若の凡夫に及ばず華厳・方等・般若の等覚の菩薩も法華経の名字・観行の凡夫に及ばず設い神通智慧有りと
80  P0067  は真如に在り故に冥薫を以て外護と為すなり」[已上]法華経より外の四十余年の諸経には十界互具無し十界互
81  P0067   今法華経に至つて九界の仏界を開くが故に四十余年の菩薩・二乗・六凡始めて自身の仏界を見る此の時此の人
82  P0068  て往生す、此の故に在世滅後の一切衆生の誠の善知識は法華経是なり、常途の天台宗の学者は爾前に於て当分の
83  P0068  を持つに依つて三悪道に堕す可きことを明し、二には但法華経の名字計りを唱えて三悪道を離る可きことを明し
84  P0070   第二に但法華経の題目計りを唱えて三悪道を離る可きことを明さば、法華経の第五に云く「文殊師利是の法華
85  P0070  も解心無くば如何にして三悪趣を脱れんや、答えて云く法華経流布の国に生れて此の経の題名を聞き信を生ずる
86  P0070   問うて云く過去の宿善とは如何、答えて云く法華経の第二に云く「若し此の経法を信受すること有らん者は是
87  P0070   此等の文の如くんば設い先に解心無くとも此の法華経を聞いて謗ぜざるは大善の所生なり、夫れ三悪の生を受
88  P0071   問うて云く設い法華経を信ずと雖も悪縁に随わば何ぞ三悪道に堕せざらんや、答えて云く解心無き者権教の悪
89  P0071  云く日本国は法華涅槃有縁の地なりや否や、答えて云く法華経第八に云く「如来の滅後に於て閻浮提の内に広く
90  P0071  経の後記に云く羅什三蔵・須利耶蘇摩三蔵に値い奉りて法華経を授かる時の語に云く「仏日西山に隠れ遺耀東北
91  P0071   問うて云く法華経修行の者何の浄土を期す可きや、答えて云く法華経二十八品の肝心たる寿量品に云く「我常
92  P0072  の世界に在り此の土を捨てて何の土を願う可きや、故に法華経修行の者の所住の処を浄土と思う可し何ぞ煩しく
93  P0072  の諸経を見るに兜率・西方・十方の浄土を勧む其の上・法華経の文を見るに亦兜率・西方・十方の浄土を勧む何
94  P0072   第三に涅槃経は法華経流通の為に之を説き給うことを明さば、問うて云く光宅の法雲法師並に道場の慧観等の
95  P0073  法華等の一切の衆典を皆邪見と云うなり、当に知るべし法華経は邪見の経にして未だ正見の仏性を明らめず、故
96  P0073   此の文の如くんば法華経邪見ならば涅槃経も豈に邪見に非ずや、法華経は大収・涅槃経は・拾なりと見え了ん
97  P0074  法華経を下す文に非ず迦葉の自身並に所化の衆今始めて法華経の所説の常住仏性・久遠実成を覚る故に我が身を
98  P0074  流通と称せば阿含経は華厳経の流通と成る可きや、乃至法華経は前四味の流通と成る可きや如何、答えて日く前
99  P0074  て答うとは、若し末代の愚人上の六門に依つて万が一も法華経を信ぜば権宗の諸人或は自惑に依り或は偏執に依
100  P0074  、て云く諸宗の学者難じて云く「華厳経は報身如来の所説・七処・八会・皆頓極頓証の法門なり、法華経は応身

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