行敏訴状御会通

行敏訴状御会通       /文永八年 五十歳御作

 当世日本第一の持戒の僧良観聖人並びに法然上人の孫弟子念阿弥陀仏道阿弥陀仏等の諸聖人等日蓮を訴訟する

状に云く早く日蓮を召し決せられて邪見を摧破し正義を興隆せんと欲する事云云、日蓮云く邪見を摧破し正義を

興隆せば一眼の亀の浮木の穴に入るならん、幸甚幸甚。

 彼の状に云く右八万四千の教乃至一を是として諸を非とする理豈に然る可けんや云云、道綽禅師云く当今末法

は是五濁悪世なり唯浄土の一門のみ有つて路に通入す可し云云、善導和尚云く千中無一云云、法然上人云く捨閉

閣抛云云、念阿上人等の云く一を是とし諸を非とす謗法なり云云、本師三人の聖人の御義に相違す豈に逆路伽耶

陀の者に非ずや、将又忍性良観聖人彼等の立義に与力して此を正義と存せらるるか、又云く而るに日蓮偏えに法

華一部に執して諸余の大乗を誹謗す云云、無量義経に云く四十余年未顕真実法華経に云く要当説真実と又云く宣

示顕説と多宝仏証明を加えて云く皆是真実と十方の諸仏は舌相至梵天と云う云云、已今当の三説を非毀して法華

経一部を讃歎するは釈尊の金言なり諸仏の傍例なり敢て日蓮が自義に非ず、其の上此の難は去る延暦大同弘仁の

比南都の徳一大師が伝教大師を難破せし言なり、其の難已に破れて法華宗を建立し畢んぬ。

 又云く所謂法華前説の諸経は皆是れ妄語なりと云云此又日蓮が私の言に非ず、無量義経に云く未だ真実を顕さ

ず〔未顕真実とは妄語の異名なり〕法華経第二に云く寧ろ虚妄有りや不なり云云、第六に云く此の良医虚妄の罪

を説くや不や云云、涅槃経に云く如来虚妄の言無しと雖も若し衆生虚妄の説に因ると知れば云云、天台云く則ち

為如来綺語の語云云、四十余年の経経を妄語と称すること又日蓮が私の言に非ず、又云く念仏は無間の業と云云

法華経第一に云く

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我れ則ち慳貪に堕せん此の事為不可なり云云、第二に云く其の人命終して阿鼻獄に入らん云云、大覚世尊但観経

念仏等の四十余年の経経を説て法華経を演説したまわずんば三悪道を脱れ難し云云、何に況や末代の凡夫一生の

間但自らも念仏の一行に留り他人をも進めずんば豈無間に堕せざらんや、例せば民と子との王と親とに随わざる

が如し、何に況や道綽善導法然上人等念仏等を修行する輩法華経の名字を挙げて念仏に対当して勝劣難易等を論

じ未有一人得者十即十生百即百生千中無一等と謂うは無間の大火を招かざらんや、又云く禅宗は天魔波旬の説と

云云、此又日蓮が私の言に非ず彼の宗の人人の云く教外別伝と云云、仏の遺言に云く我が経の外に正法有りとい

わば天魔の説なり云云、教外別伝の言豈此の科を脱れんや、又云く大小の戒律は世間誑惑の法と云云、日蓮が云

く小乗戒は仏世すら猶之を破す其の上月氏国に三寺有り、所謂一向小乗の寺と一向大乗の寺と大小兼行の寺とな

り云云、一向小と一向大とは水火の如し将又道路をも分隔せり、日本国に去る聖武皇帝と孝謙天皇との御宇に小

乗の戒壇を三所に建立せり、其の後桓武の御宇に伝教大師之を責め破りたまいぬ、其の詮は小乗戒は末代の機に

当らずと云云、護命景深の本師等其の諍論に負くるのみに非ず六宗の碩徳各退状を捧げ伝教大師に帰依し円頓の

戒体を伝受す云云、其の状今に朽ちず汝自ら開き見よ、而るを良観上人当世日本国の小乗は昔の科を存せずとい

う、又云く年来の本尊弥陀観音等の像を火に入れ水に流す等云云、此の事慥なる証人を指し出し申す可し若し証

拠無くんば良観上人等自ら本尊を取り出して火に入れ水に流し科を日蓮に負せんと欲するか委細は之を糾明せん

時其の隠れ無らんか、但し御尋ね無き間は其の重罪は良観上人等に譲り渡す、二百五十戒を破失せる因縁此の大

妄語に如かず無間大城の人他処に求ること勿れ、又云く凶徒を室中に集むと云云、法華経に云く或は阿練若に有

り等云云、妙楽云く東春云く輔正記云く此等の経釈等を以て当世日本国に引き向うるに汝等が挙る所の建長寺寿

福寺極楽寺多宝寺大仏殿長楽寺浄光明寺等の寺寺は

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妙楽大師の指す所の第三最甚の悪所なり、東春に云く即ち是れ出家処に一切の悪人を摂す云云、又云く両行は公

処に向う等云云、又云く兵杖等云云、涅槃経に云く天台云く章安云く妙楽云く法華経守護の為の弓箭兵杖は仏法

の定れる法なり例せば国王守護の為に刀杖を集むるが如し、但し良観上人等弘通する所の法日蓮が難脱れ難きの

間既に露顕せしむ可きか、故に彼の邪義を隠さんが為に諸国の守護地頭雑人等を相語らいて言く日蓮並びに弟子

等は阿弥陀仏を火に入れ水に流す汝等が大怨敵なりと云云、頚を切れ所領を追い出せ等と勧進するが故に日蓮の

身に疵を被り弟子等を殺害に及ぶこと数百人なり、此れ偏に良観念阿道阿等の上人の大妄語より出たり心有らん

人人は驚く可し怖る可し云云、毘瑠璃王は七万七千の諸の得道の人を殺す、月氏国の大族王は卒都婆を滅毀し僧

伽藍を廃すること凡そ一千六百余処乃至大地震動して無間地獄に堕ちにき、毘盧釈迦王は釈種九千九百九十万人

を生け取りて並べ従えて殺戮す積屍莽の如く流血池を成す、弗沙弥多羅王は四兵を興して五天を回らし僧侶を殺

し寺塔を焼く、説賞迦王は仏法を毀壊す、訖利多王は僧徒を斥逐し仏法を毀壊す、欽明敏達用明の三王の詔に曰

く炳然として宜く仏法を断ずべし云云、二臣自ら寺に詣で堂塔を斫倒し仏像を毀破し火を縦つて之を焼き所焼の

仏像を取つて難波の堀江に棄て三尼を喚び出して其の法服を奪い並びに笞を加う云云、大唐の武宗は四千六百余

処を滅失して僧尼還俗する者計うるに二十六万五百人なり、去る永保年中には山僧園城寺を焼き払う云云、御願

は十五所堂院は九十所塔婆は四基鐘楼は六宇経蔵は二十所神社は十三所僧坊は八百余宇舎宅は三千余等云云、去

る治承四年十二月二十二日太政入道浄海東大興福の両寺を焼失して僧尼等を殺す、此等は仏記に云く此等の悪人

は仏法の怨敵には非ず三明六通の羅漢の如き僧侶等が我が正法を滅失せん、所謂守護経に云く涅槃経に云く。

                            日蓮花押

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