常忍抄

常忍抄          /建冶三年十月 五十六歳御作

 御文粗拝見仕り候い了んぬ。

御状に云く常忍の云く記の九に云く「権を禀けて界を出づるを名れて虚出と為す」云云、了性房云く全く以て其

の釈無し云云、記の九に云く[寿量品の疏]「無有虚出より昔虚為実故に至るまでは[為の字去声]権を禀けて

界を出づるを名けて虚出と為す三乗は皆三界を出でずと云うこと無し人天は三途を出でんが為ならずと云うこと

無し並に名けて虚と為す」云云、文句の九に云く「虚より出でて而も実に入らざる者有ること無し、故に知んぬ

昔の虚は[去声]実の為の故なり」と云云、寿量品に云く「諸の善男子如来諸の衆生小法を楽う徳薄垢重の者を

見て乃至以諸衆生乃至未會暫廃」云云、此の経の文を承けて、天台妙楽は釈せしなり、此の経文は初成道の華厳

の別円より乃至法華経の迹門十四品を或は小法と云い或は徳薄垢重或は虚出等と説ける経文なり、若し然らば華

厳経の華厳宗深密経の法相宗般若経の三論宗大日経の真言宗観経の浄土宗楞伽経の禅宗等の諸経の諸宗は依経の

如く其の経を読誦すとも三界を出でず三途を出でざる者なり何に況や或は彼を実と称し或は勝ぐる等云云、此の

人人天に向つて唾を吐き地を×んで忿を為す者か。

 此の法門に於て如来滅後月氏一千五百余年付法蔵の二十四人竜樹天親等知つて未だ此れを顕さず、漢土一千余

年の余人も未だ之を知らず但天台妙楽等粗之を演ぶ、然りと雖も未だ其の実義を顕さざるか、伝教大師以て是く

の如し、

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今日蓮粗之を勘うるに法華経の此の文を重ねて涅槃経に演べて云く「若し三法に於て異の想を修する者は当に知

るべし是の輩は清浄の三帰則ち依処無く所有の禁戒皆具足せず終に声聞縁覚菩薩の果を証することを得ず」等云

云、此の経文は正しく法華経の寿量品を顕説せるなり寿量品は木に譬え爾前迹門をば影に譬うる文なり、経文に

又之有り、五時八教当分跨節大小の益は影の如し本門の法門は木の如し云云、又寿量品已前の在世の益は闇中の

木の影なり過去に寿量品を聞きし者の事なり等云云、又不信は謗法に非ずと申す事、又云く不信の者地獄に堕ち

ずとの事、五の巻に云く「疑を生じて信ぜざらん者は則ち当に悪道に堕つべし」云云。

 総じて御心へ候へ法華経と爾前と引き向えて勝劣浅深を伴ずるに当分跨節の事に三つの様有り日蓮が法門は第

三の法門なり、世間に粗夢の如く一二をば申せども第三をば申さず候、第三の法門は天台妙楽伝教も粗之を示せ

ども未だ事了えず所詮末法の今に譲り与えしなり、五五百歳は是なり、但し此の法門の御論談は余は承らず候彼

は広学多聞の者なりはばかりはばかりみたみたと候いしかば此の方のまけなんども申しつけられなばいかんがし

候べき、但し彼の法師等が彼の釈を知り候はぬはさてをき候いぬ、六十巻になしなんど申すは天のせめなり謗法

の科の法華経の御使に値うて顕れ候なり、又此の沙汰の事を定めてゆへありて出来せりかしまの大田次郎兵衛大

進房又本院主もいかにとや申すぞよくよくきかせ給い候へ、此れ等は経文に子細ある事なり、法華経の行者をば

第六天の魔王の必ず障うべきにて候、十境の中の魔境此れなり魔の習いは善を障えて悪を造らしむるをば悦ぶ事

に候、強いて悪を造らざる者をば力及ばずして善を造らしむ又二乗の行をなす物をばあながちに怨をなして善を

すすむるなり、又菩薩の行をなす物をば遮つて二乗の行をすすむ是後に純円の行を一向になす者をば兼別等に堕

すなり止観の八等を御らむあるべし。

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 又彼が云く止観の行者は持戒等云云、文句の九には初二三の行者の持戒をば此れをせいす経文又分明なり、止

観に相違の事は妙楽の問答之有り記の九を見る可し、初随記に二有り利根の行者は持戒を兼ねたり鈍根は持戒之

を制止す、又正像末の不同もあり摂受折伏の異あり伝教大師の市の虎の事思い合わすべし。

 此れより後は下総にては御法門候べからず了性思念をつめつる上は他人と御論候わばかへりてあさくなりなん

、彼の了性と思念とは年来日蓮をそしるとうけ給わる、彼等程の蚊虻の者が日蓮程の師子王を聞かず見ずしてう

はのそらにそしる程のをこじん(嗚呼人)なり、天台法華宗の者ならば我は南無妙法蓮華経と唱えて念仏なんど

申す者をばあれはさる事なんど申すだにもきくわいなるべきに其の義なき上偶申す人をそしるでうあらふしぎふ

しぎ、大進房が事さきざきかきつかわして候やうにつよづよとかき上申させ給い候へ、大進房には十羅刹のつか

せ給いて引きかへしせさせ給うとをぼへ候ぞ、又魔王の使者なんどがつきて候いけるがはなれて候とをぼへ候ぞ

、悪鬼入其身はよもそら事にては候はじ、事事重く候へども、此の使いそぎ候へばよるかきて候ぞ、恐恐謹言。

=十月一日                    日蓮花押