主君耳入此法門免与同罪事

主君耳入此法門免与同罪事     /文永十一年九月 五十三歳御作

+                     与四条金吾

  銭二貫文給び畢んぬ。

 有情の第一の財は命にすぎず此れを奪う者は必ず三途に堕つ、然れば輪王は十善の始には不殺生仏の小乗経の

始には五戒其の始には不殺生、大乗梵網経の十重禁の始には不殺生、

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法華経の寿量品は釈迦如来の不殺生戒の功徳に当つて候品ぞかし、されば殺生をなす者は三世の諸仏にすてられ

六欲天も是を守る事なし、此の由は世間の学者も知れり日蓮もあらあら意得て候、但し殺生に子細あり彼の殺さ

るる者の失に軽重あり、我が父母主君我が師匠を殺せる者をかへりて害せば同じつみなれども重罪かへりて軽罪

となるべし、此れ世間の学者知れる処なり、但し法華経の御かたきをば大慈大悲の菩薩も供養すれば必ず無間地

獄に堕つ、五逆の罪人も彼を怨とすれば必ず人天に生を受く、仙予国王有徳国王は五百無量の法華経のかたきを

打ちて今は釈迦仏となり給う、其の御弟子迦葉阿難舎利弗目連等の無量の眷属は彼の時に先を懸け陣をやぶり或

は殺し或は害し或は随喜せし人人なり、覚徳比丘は迦葉仏なり、彼の時に此の王王を勧めて法華経のかたきをば

父母宿世叛逆の者の如くせし大慈大悲の法華経の行者なり。

 今の世は彼の世に当れり、国主日蓮が申す事を用ゆるならば彼がごとくなるべきに用いざる上かへりて彼がか

たうどとなり一国こぞりて日蓮をかへりてせむ、上一人より下万民にいたるまで皆五逆に過ぎたる謗法の人とな

りぬ、されば各各も彼が方ぞかし、心は日蓮に同意なれども身は別なれば与同罪のがれがたきの御事に候に主君

に此の法門を耳にふれさせ進せけるこそありがたく候へ、今は御用いなくもあれ殿の御失は脱れ給ひぬ、此れよ

り後には口をつつみておはすべし、又天も一定殿をば守らせ給うらん、此れよりも申すなり。

 かまへてかまへて御用心候べし、いよいよにくむ人人ねらひ候らん、御さかもり夜は一向に止め給へ、只女房

と酒うち飲んでなにの御不足あるべき、他人のひるの御さかもりおこたるべからず、酒を離れてねらうひま有る

べからず、返す返す、恐恐謹言。

= 九月二十六日 日蓮花押

%   左衛門尉殿御返事

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