椎地四郎殿御書

椎地四郎殿御書 /弘長元年四月 四十歳御作

 先日御物語の事について彼の人の方へ相尋ね候いし処仰せ候いしが如く少しもちがはず候いき、これにつけて

もいよいよはげまして法華経の功徳を得給うべし、師曠が耳離婁が眼のやうに聞見させ給へ、末法には法華経の

行者必ず出来すべし、但し大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし、火に薪をくわへんにさかんなる事なか

るべしや、大海へ衆流入るされども大海は河の水を返す事ありや、法華大海の行者に諸河の水は大難の如く入れ

どもかへす事とがむる事なし、諸河の水入る事なくば大海あるべからず、大難なくば法華経の行者にはあらじ、

天台の云く「衆流海に入り薪火を熾んにす」と云云、法華経の法門を一文一句なりとも人にかたらんは過去の宿

縁ふかしとおぼしめすべし、経に云く「亦不聞正法如是人難度」と云云、此の文の意は正法とは法華経なり、此

の経をきかざる人は度しがたしと云う文なり、法師品には若是善男子善女人乃至則如来使と説かせ給いて僧も俗

も尼も女も一句をも人にかたらん人は如来の使と見えたり、貴辺すでに俗なり善男子の人なるべし、此の経を一

文一句なりとも聴聞して神にそめん人は生死の大海を渡るべき船なるべし、妙楽大師云く「一句も神に染ぬれば

咸く彼岸を資く、思惟修習永く舟航に用たり」と云云、生死の大海を渡らんことは妙法蓮華経の船にあらずんば

かなふべからず。

 抑法華経の如渡得船の船と申す事は教主大覚世尊巧智無辺の番匠として四味八教の材木を取り集め正直捨権と

けづりなして邪正一如ときり合せ醍醐一実のくぎを丁とうつて生死の大海へをしうかべ中道一実のほばしらに界

如三千の帆をあげて諸法実相のおひてをえて以信得入の一切衆生を取りのせて釈迦如来はかぢを取り

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多宝如来はつなでを取り給へば上行等の四菩薩は函蓋相応してきりきりとこぎ給う所の船を如渡得船の船とは申

すなり、是にのるべき者は日蓮が弟子檀那等なり、能く能く信じさせ給へ、四条金吾殿に見参候はば能く能く語

り給い候へ、委くは又又申すべく候、恐恐謹言。

= 四月二十八日 日蓮花押

% 椎地四郎殿え