高橋入道殿御返事

高橋入道殿御返事 /建治元年七月  五十四歳御作

  進上 高橋入道殿御返事           日  蓮

 我等が慈父大覚世尊は人寿百歳の時中天竺に出現しましまして一切衆生のために一代聖教をとき給う、仏在世

の一切衆生は過去の宿習有つて仏に縁あつかりしかばすでに得道成りぬ、我が滅後の衆生をばいかんがせんとな

げき給いしかば八万聖教を文字となして一代聖教の中に小乗経をば迦葉尊者にゆづり大乗経並びに法華経涅槃等

をば文殊師利菩薩にゆづり給う、但八万聖教の肝心法華経の眼目たる妙法蓮華経の五字をば迦葉阿難にもゆづり

給はず、又文殊普賢観音弥勒地蔵竜樹等の大菩薩にもさづけ給はず、此等の大菩薩等ののぞみ申せしかども仏ゆ

るし給はず、大地の底より上行菩薩と申せし老人を召しいだして多宝仏十方の諸仏の御前にして釈迦如来七宝の

塔中にして妙法蓮華経の五字を上行菩薩にゆづり給う。

 其の故は我が滅後の一切衆生は皆我が子なりいづれも平等に不便にをもうなり、しかれども医師の習い病に随

いて薬をさづくる事なれば我が滅後五百年が間は迦葉阿難等に小乗経の薬をもつて一切衆生にあたへよ、次の五

百年が間は文殊師利菩薩弥勒菩薩竜樹菩薩天親菩薩に華厳経大日経般若経等の薬を一切衆生にさづけよ、我が滅

後一千年すぎて像法の時には薬王菩薩観世音菩薩等法華経の題目を除いて余の法門の薬を一切衆生にさづけよ、

末法に入りなば迦葉阿難等文殊弥勒菩薩等薬王観音等のゆづられしところの小乗経大乗経並びに法華経は文字は

ありとも衆生の病の薬とはなるべからず、所謂病は重し薬はあさし、其の時上行菩薩出現して妙法蓮華経の五字

を一閻浮提の一切衆生にさづくべし、其の時一切衆生此の菩薩をかたきとせん、

P1459

所謂さるのいぬをみたるがごとく鬼神の人をあだむがごとく過去の不軽菩薩の一切衆生にのりあだまれしのみな

らず杖木瓦礫にせめられしがごとく覚徳比丘が殺害に及ばれしがごとくなるべし。

 其の時は迦葉阿難等も或は霊山にかくれ恒河に没し弥勒文殊等も或は都率の内院に入り或は香山に入らせ給い

、観世音菩薩は西方にかへり普賢菩薩は東方にかへらせ給う、諸経は行ずる人はありとも守護の人なければ利生

あるべからず、諸仏の名号は唱うるものありとも天神これをかごすべからず、但し小牛の母をはなれ金鳥のたか

にあえるがごとくなるべし、其の時十方世界の大鬼神一閻浮提に充満して四衆の身に入つて或は父母をがいし或

は兄弟等を失はん、殊に国中の智者げなる持戒げなる僧尼の心に此の鬼神入つて国主並びに臣下をたぼらかさん

、此の時上行菩薩の御かびをかほりて法華経の題目南無妙法蓮華経の五字計りを一切衆生にさづけば彼の四衆等

並びに大僧等此の人をあだむ事父母のかたき宿世のかたき朝敵怨敵のごとくあだむべし、其の時大なる天変ある

べし、所謂日月蝕し大なる彗星天にわたり大地震動して水上の輪のごとくなるべし、其の後は自界叛逆難と申し

て国主兄弟並びに国中の大人をうちころし後には他国侵逼難と申して鄰国よりせめられて或はいけどりとなり或

は自殺をし国中の上下万民皆大苦に値うべし、此れひとへに上行菩薩のかびをかをほりて法華経の題目をひろむ

る者を或はのり或はうちはり或は流罪し或は命をたちなんどするゆへに仏前にちかひをなせし梵天帝釈日月四天

等の法華経の座にて誓状を立てて法華経の行者をあだまん人をば父母のかたきよりもなをつよくいましむべしと

ちかうゆへなりとみへて候に、今日蓮日本国に生まれて一切経並びに法華経の明鏡をもて日本国の一切衆生の面

に引向たるに寸分もたがはぬ上仏の記し給いし天変あり地夭あり、定んで此の国亡国となるべしとかねてしりし

かばこれを国主に申すならば国土安穏なるべくもたづねあきらむべし、亡国となるべきならばよも用いじ、用い

ぬ程ならば日蓮は流罪死罪となるべしとしりて候いしかども仏いましめて云く

P1460

此の事を知りながら身命ををしみて一切衆生にかたらずば我が敵たるのみならず一切衆生の怨敵なり、必ず阿鼻

大城に堕つべしと記し給へり。

 此に日蓮進退わづらひて此の事を申すならば我が身いかにもなるべし我が身はさてをきぬ父母兄弟並びに千万

人の中にも一人も随うものは国主万民にあだまるべし、彼等あだまるるならば仏法はいまだわきまへず人のせめ

はたへがたし、仏法を行ずるは安穏なるべしとこそをもうに此の法を持つによつて大難出来するはしんぬ此の法

を邪法なりと誹謗して悪道に堕つべし、此れも不便なり又此れを申さずは仏誓に違する上、一切衆生の怨敵なり

大阿鼻地獄疑いなし、いかんがせんとをもひしかどもをもひ切つて申し出しぬ、申し始めし上は又ひきさすべき

にもあらざればいよいよつより申せしかば、仏の記文のごとく国主もあだみ万民もせめき、あだをなせしかば天

もいかりて日月に大変あり大せいせいも出現しぬ大地もふりかえしぬべくなりぬ、どしう(同士打)ちもはじま

り他国よりもせめるなり、仏の記文すこしもたがわず日蓮が法華経の行者なる事も疑はず。

 但し去年かまくらより此のところへにげ入り候いし時道にて候へば各各にも申すべく候いしかども申す事もな

し、又先度の御返事も申し候はぬ事はべちの子細も候はず、なに事にか各各をばへだてまいらせ候べき、あだを

なす念仏者禅宗真言師等をも並びに国主等をもたすけんがためにこそ申せ、かれ等のあだをなすはいよいよ不便

にこそ候へ、まして一日も我がかたとて心よせなる人人はいかでかをろかなるべき世間のをそろしさに妻子ある

人人のとをざかるをばことに悦ぶ身なり、日蓮に付てたすけやりたるかたわなき上わづかの所領をも召さるるな

らば子細もしらぬ妻子所従等がいかになげかんずらんと心ぐるし。

 而も去年の二月に御勘気をゆりて三月の十三日に佐渡の国を立ち同月の二十六日にかまくらに入る、同四月の

八日平左衛門尉にあひたりし時やうやうの事どもとひし中に蒙古国はいつよすべきと申せしかば、今年よすべし

P1461

それにとて日蓮はなして日本国にたすくべき者一人もなし、たすからんとをもひしたうならば日本国の念仏者と

禅と律僧等が頚を切つてゆいのはまにかくべし、それも今はすぎぬ但し皆人のをもひて候は日蓮をば念仏師と禅

と律をそしると をもひて候、これは物のかずにてかずならず真言宗と申す宗がうるわしき日本国の大なる呪咀

の悪法なり、弘法大師と慈覚大師此の事にまどひて此の国を亡さんとするなり、設い二年三年にやぶるべき国な

りとも真言師にいのらする程ならば一年半年に此のくにせめらるべしと申しきかせて候いき。

 たすけんがために申すを此程あだまるる事なればゆりて候いし時さどの国よりいかなる山中海辺にもまぎれ入

るべかりしかども此の事をいま一度平左衛門に申しきかせて日本国にせめのこされん衆生をたすけんがためにの

ぼりて候いき、又申しきかせ候いし後はかまくらに有るべきならねば足にまかせていでしほどに便宜にて候いし

かば設い各各はいとはせ給うとも今一度はみたてまつらんと千度をもひしかども心に心をたたかいてすぎ候いき

、そのゆへはするがの国は守殿の御領ことにふじなんどは後家尼ごぜんの内の人人多し、故最明寺殿極楽寺殿の

かたきといきどをらせ給うなればききつけられば各各の御なげきなるべしとおもひし心計りなり、いまにいたる

までも不便にをもひまいらせ候へば御返事までも申さず候いき、この御房たちのゆきすりにもあなかしこあなか

しこふじかじま(富士賀島)のへんへ立ちよるべからずと申せどもいかが候らんとをぼつかなし。

 ただし真言の事ぞ御不審にわたらせ給い候らん、いかにと法門は申すとも御心へあらん事かたし但眼前の事を

もつて知しめせ、隠岐の法皇は人王八十二代神武よりは二千余年天照太神入りかわらせ給いて人王とならせ給う

、いかなる者かてきすべき上欽明より隠岐の法皇にいたるまで漢土百済新羅高麗よりわたり来る大法秘法を叡山

東寺園城七寺並びに日本国にあがめをかれて候、此れは皆国を守護し国主をまほらんためなり、隠岐の法皇世を

かまくらにとられたる事を口をしとをぼして叡山東寺等の高僧等をかたらひて義時が命をめしとれと行ぜしなり

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此の事一年二年ならず数年調伏せしに権の大夫殿はゆめゆめしろしめさざりしかば一法も行じ給はず又行ずとも

叶うべしともをぼへずありしに天子いくさにまけさせ給いて隠岐の国へつかはされさせ給う、日本国の王となる

人は天照太神の御魂の入りかわらせ給う王なり、先生の十善戒の力といひいかでか国中の万民の中にはかたぶく

べき、設いとがありともつみあるをやを失なき子のあだむにてこそ候いぬらめ、設い親に重罪ありとも子の身と

して失に行はんに天うけ給うべしや、しかるに隠岐の法皇のはぢにあはせ給いしはいかなる大禍ぞ此れひとへに

法華経の怨敵たる日本国の真言師をかたらはせ給いしゆへなり。

 一切の真言師は潅頂と申して釈迦仏等を八葉の蓮華にかきて此れを足にふみて秘事とするなり、かかる不思議

の者ども諸山諸寺の別当とあおぎてもてなすゆへにたみの手にわたりて現身にはぢにあひぬ、此の大悪法又かま

くらに下つて御一門をすかし日本国をほろぼさんとするなり、此の事最大事なりしかば弟子等にもかたらず只い

つはりをろかにて念仏と禅等計りをそしりてきかせしなり、今は又用いられぬ事なれば身命もおしまず弟子ども

にも申すなり、かう申せばいよいよ御不審あるべし、日蓮いかにいみじく尊くとも慈覚弘法にすぐるべきか、こ

の疑すべてはるべからずいかにとかすべき。

 但し皆人はにくみ候にすこしも御信用のありし上此れまでも御たづねの候は只今生計りの御事にはよも候はじ

定めて過去のゆへか、御所労の大事にならせ給いて候なる事あさましく候、但しつるぎはかたきのため薬は病の

ため、阿闍世王は父をころし仏の敵となれり、悪瘡身に出で後に仏に帰伏し法華経を持ちしかば悪瘡も平癒し寿

をも四十年のべたりき、而も法華経は閻浮提人病之良薬とこそとかれて候へ、閻浮の内の人は病の身なり法華経

の薬あり、三事すでに相応しぬ一身いかでかたすからざるべき、但し御疑のわたり候はんをば力をよばず、南無

妙法蓮華経南無妙法蓮華経。

P1463

覚乗房はわき房に度度よませてきこしめせきこしめせ。

=七月十二日 日  蓮 花 押

% 進上 高橋六郎兵衛入道殿 御返事