日蓮大聖人御書全集 創価学会版
(ポケット版御書)

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蒙古使御書

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文の心は法華経の敵の相貌を説きて候に二百五十戒を堅く持ち迦葉舎利弗の如くなる人を国主これを尊みて法華経の行者を失なはむとするなりと説れて候ぞ。

 夫れ大事の法門と申すは別に候はず、時に当て我が為め国の為め大事なる事を少しも勘へたがへざるが智者にては候なり、仏のいみじきと申すは過去を勘へ未来をしり、三世を知しめすに過ぎて候御智慧はなし、設い仏にあらねども竜樹天親天台伝教なんど申せし聖人賢人等は仏程こそなかりしかども三世の事を粗知しめされて候しかば名をも未来まで流されて候き、所詮万法は己心に収まりて一塵もかけず九山八海も我が身に備わりて日月衆星も己心にあり、然りといへども盲目の者の鏡に影を浮べるに見えず嬰児の水火を怖れざるが如し、外典の外道内典の小乗権大乗等は皆己心の法を片端片端説きて候なり、然りといへども法華経の如く説かず、然れば経経に勝劣あり人人にも聖賢分れて候ぞ、法門多多なれば止め候い畢んぬ。

 鎌倉より御下りそうそうの御隙に使者申す計りなし、其の上種種の物送り給候事悦び入つて候、日本は皆人の歎き候に日蓮が一類こそ歎きの中に悦び候へ、国に候へば蒙古の責はよも脱れ候はじなれども国のために責られ候いし事は天も知しめして候へば後生は必ずたすかりなんと悦び候に御辺こそ今生に蒙古国の恩を蒙らせ給いて候へ、此の事起らずば最明寺殿の十三年に当らせ給いては御かりは所領にては申す計りなし、北条六郎殿のやうに筑紫にや御坐なん、是は各各の御心のさからせ給うて候なり、人の科をあてるにはあらず、又一には法華経の御故にたすからせ給いて候いぬるかゆゆしき御僻事なり、是程の御悦びまいりても悦びまいらせ度く候へども人聞つつましく候いてとどめ候い畢んぬ。

  乃  時    日  蓮 花 押

% 西山殿御返事


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満月城岡山ポケット版御書