日蓮大聖人御書全集 創価学会版
(ポケット版御書)

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上野殿母御前御返事

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 日蓮は所らうのゆへに人人の御文の御返事も申さず候いつるがこの事はあまりになげかしく候へばふでをとりて候ぞ、これもよもひさしくもこのよに候はじ、一定五郎殿にいきあいぬとをぼへ候、母よりさきにけさんし候わば母のなげき申しつたへ候はん、事事又又申すべし、恐恐謹言。

= 十二月八日    日蓮花押

% 上野殿母御前御返事

*大白牛車御消息

 抑法華経の大白牛車と申すは我も人も法華経の行者の乗るべき車にて候なり、彼の車をば法華経の譬喩品と申すに懇に説かせ給いて候、但し彼の御経は羅什存略の故に委しくは説き給はず、天竺の梵品には車の荘り物其の外聞信戒定進捨慚の七宝まで委しく説き給ひて候を日蓮あらあら披見に及び候、先ず此の車と申すは縦広五百由旬の車にして金の輪を入れ銀の棟をあげ金の繩を以て八方へつり繩をつけ三十七重のきだはしをば銀を以てみがきたて八万四千の宝の鈴を車の四面に懸けられたり、三百六十ながれのくれなひの錦の旛を玉のさほにかけながし、四万二千の欄干には四天王の番をつけ、又車の内には六万九千三百八十余体の仏菩薩宝蓮華に坐し給へり、帝釈は諸の眷属を引きつれ給ひて千二百の音楽を奏し、梵王は天蓋を指し懸け地神は山河大地を平等に成し給ふ、故に法性の空に自在にとびゆく車をこそ大白牛車とは申すなれ、我より後に来り給はん人人は此の車にめされて霊山へ御出で有るべく候、日蓮も同じ車に乗りて御迎いにまかり向ふべく候、南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経。

                  日蓮花押


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