日蓮大聖人御書
ネット御書
(兄弟抄)
<1.前 P1085
2.次>
麻子と申す者ゆきあひて云くいかにこれにはをはするぞ二人上件の事をかたりしかば麻子が云くさるにてはわらびは王の物にあらずや、二人せめられて爾の時よりわらびをくわず、天は賢人をすて給わぬならひなれば天白鹿と現じて乳をもつて二人をやしなひき、白鹿去つて後に叔せいが云く此の白鹿の乳をのむだにもうましまして肉をくわんといゐしかば白ひせいししかども天これをききて来らず、二人うへて死ににき、一生が間賢なりし人も一言に身をほろぼすにや、各各も御心の内はしらず候へばをぼつかなしをぼつかなし。
釈迦如来は太子にてをはせし時父の浄飯王太子ををしみたてまつりて出家をゆるし給はず、四門に二千人のつわものをすへてまほらせ給ひしかども、終にをやの御心をたがへて家をいでさせ給いき、一切はをやに随うべきにてこそ候へども仏になる道は随わぬが孝養の本にて候か、されば心地観経には孝養の本をとかせ給うには棄恩入無為真実報恩者等云云、言はまことの道に入るには父母の心に随わずして家を出て仏になるがまことの恩をほうずるにてはあるなり、世間の法にも父母の謀反なんどををこすには随わぬが孝養とみへて候ぞかし、孝経と申す経に見へて候、天台大師も法華経の三昧に入らせ給いてをはせし時は父母左右のひざに住して仏道をさえんとし給いしなり、此れは天魔の父母のかたちをげんじてさうるなり。
白ひすくせいが因縁はさきにかき候ぬ、又第一の因縁あり、日本国の人王第十六代に王をはしき応神天王と申す今の八幡大菩薩これなりこの王の御子二人まします嫡子をば仁徳次男は宇治王子天王次男の宇治の王子に位をゆづり給いき、王ほうぎよならせ給いて後宇治の王子の云く兄位につき給うべし、兄の云く、いかにをやの御ゆづりをばもちゐさせ給わぬぞ、かくのごとくたがいにろむじて、三箇年が間位に王をはせざりき、万民のなげきいうばかりなし天下のさいにてありしほどに、宇治の王子云く我いきてあるゆへにあに位に即き給わずといつて死させ給いにき、仁徳これをなげかせ給いて
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