日蓮大聖人御書全集 創価学会版
(ポケット版御書)

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撰時抄

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内内はゆはれなき由は存じけれども天台のごとく公場にして論ぜられざりければ上国王大臣下一切の人民にいたるまで皆仏法に迷いて衆生の得道みなとどまりけり、此等は像法の後の五百年の前二百余年が内なり、像法に入つて四百余年と申しけるに百済国より一切経並びに教主釈尊の木像僧尼等日本国にわたる、漢土の梁の末陳の始にあひあたる、日本には神武天王よりは第三十代欽明天王の御宇なり、欽明の御子用明の太子に上宮王子仏法を弘通し給うのみならず並びに法華経浄名経勝鬘経を鎮護国家の法と定めさせ給いぬ、其の後人王第三十七代に孝徳天王の御宇に三論宗成実宗を観勒僧正百済国よりわたす、同御代に道昭法師漢土より法相宗倶舎宗をわたす、人王第四十四代元正天王の御宇に天竺より大日経をわたして有りしかども而も弘通せずして漢土へかへる此の僧をば善無畏三蔵という、人王第四十五代に聖武天皇の御宇に審祥大徳新羅国より華厳宗をわたして良弁僧正聖武天王にさづけたてまつりて東大寺の大仏を立てさせ給えり同御代に大唐の鑒真和尚天台宗と律宗をわたす、其の中に律宗をば弘通し小乗の戒場を東大寺に建立せしかども法華宗の事をば名字をも申し出させ給はずして入滅し了んぬ、其後人王第五十代像法八百年に相当つて桓武天王の御宇に最澄と申す小僧出来せり後には伝教大師と号したてまつる、始には三論法相華厳倶舎成実律の六宗並びに禅宗等を行表僧正等に習学せさせ給いし程に我と立て給える国昌寺後には比叡山と号す、此にして六宗の本経本論と宗宗の人師の釈とを引き合せて御らむありしかば彼の宗宗の人師の釈所依の経論に相違せる事多き上僻見多多にして信受せん人皆悪道に堕ちぬべしとかんがへさせ給う其の上法華経の実義は宗宗の人人我も得たり我も得たりと自讃ありしかども其の義なし、此れを申すならば喧嘩出来すべしもだして申さずば仏誓にそむきなんとをもひわづらはせ給いしかども終に仏の誡ををそれて桓武皇帝に奏し給いしかば帝此の事ををどろかせ給いて六宗の碩学に召し合させ給う、彼の学者等始めは慢幢山のごとし悪心毒蛇のやうなりしかども終に王の前にしてせめをとされて六宗七寺一同に御弟子となりぬ、


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満月城岡山ポケット版御書