<前
P0950 次>/文永七年九月 四十九歳御作
釈迦仏御造立の御事、無始曠劫よりいまだ顕れましまさぬ己心の一念三千の仏造り顕しましますか、はせまいりてをがみまいらせ候わばや、「欲令衆生開仏知見乃至然我実成仏已来」は是なり、但し仏の御開眼の御事はいそぎいそぎ伊よ房をもてはたしまいらせさせ給い候へ、法華経一部御仏の御六根によみ入れまいらせて生身の教主釈尊になしまいらせてかへりて迎い入れまいらせさせ給へ、自身並に子にあらずばいかんがと存じ候、御所領の堂の事等は大進の阿闍梨がききて候、かへすがへすをがみ結縁しまいらせ候べし、いつぞや大黒を供養して候しい其後より世間なげかずしておはするか、此度は大海のしほの満つるがごとく月の満ずるが如く福きたり命ながく後生は霊山とおぼしめせ。
= 九月二十六日 日蓮花押
% 進上 富木殿御返事
/文永八年九月 五十歳御作
+ 於相模依智
上のせめさせ給うにこそ法華経を信じたる色もあらわれ候へ、月はかけてみちしをはひてみつる事疑なし此れも罰あり必ず徳あるべしなにしにかなげかん。
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