<前
P1325 次>されば身命をつぐべきかつてもなし形体を隠すべき藤の衣ももたず、北海の嶋にはなたれしかば彼の国の道俗は相州の男女よりもあだをなしき、野中に捨てられて雪にはだへをまじえくさをつみて命をささえたりき、彼の蘇夫が胡国に十九年雪を食うて世をわたりし、李呂が北海に六ヶ年がんくつにせめられし我は身にてしられぬ、これはひとえに我が身には失なし日本国をたすけんとをもひしゆへなり。
しかるに尼ごぜん並びに入道殿は彼の国に有る時は人めををそれて夜中に食ををくり、或る時は国のせめをもはばからず身にもかわらんとせし人人なり、さればつらかりし国なれどもそりたるかみをうしろへひかれすすむあしもかへりしぞかし、いかなる過去のえんにてやありけんとおぼつかなかりしに又いつしかこれまでさしも大事なるわが夫を御つかいにてつかはされて候、ゆめかまぼろしか尼ごぜんの御すがたをばみまいらせ候はねども心をばこれにとどめをぼへ候へ、日蓮をこいしくをはしせば常に出ずる日ゆうべにいづる月ををがませ給え、いつとなく日月にかげをうかぶる身なり、又後生には霊山浄土にまいりあひまひらせん、南無妙法蓮華経。
=六月十六日 日蓮花押
%さどの国のこうの尼御前
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