<前
P0653 次>亦取る応らず」云云、止観の三に云く「権の権は実の権に非ず実の権と成ることを得可し権の実は実の実に非ず実の実と成ることを得べからず」云云。
一、権実分別の事
一に玄義の一に云く「蓮の為の故に華実の為に権を施すを譬う、権は即ち是れ苗文に云く種種の道を示すと雖も其れ実には仏乗の為なり」云云、二に又云く「華敷は権を開するを譬う蓮現は実を顕すを譬う権実共に稲なり文に云く方便の門を開いて真実の相を示す」云云、三に又云く「華落は権を廃するを譬う蓮成は実を立つるを譬う実独り真米なり文に云く正直に方便を捨てて但無上の道を説く」云云、釈籤の一に云く「開廃倶時なり開の時已に廃するが故なり」云云、又云く「開の時即ち廃す」又云く「既に実を識り已れば永く権を用いず」云云。
一、破三顕一の事
方便品に云く「一仏乗に於て分別して三と説く」云云、玄義の九に云く「廃三顕実」又云く「施権」方便品に云く「二も無く亦三も無し仏の方便説を除く」云云涅槃経の二十三に云く「実には三乗無し顛倒心の故に三乗有りと言う、一実の道は真実にして虚ならず顛倒心の故に一実無しと言う」云云、方便品に云く「尚二乗無し何に況や三有らんや」云云。
一、入如来慧の事
法華経に云く「是の諸の衆生世世より已来常に我が化を受く此の諸の衆生始めて我が身を見て我が所説を聞いて即ち皆信受して如来の慧に入る先より修習して小乗を学する者を除く」云云、文句の九に云く「根利にして徳厚く世世已来常に大化を受け始めて我が身を見て即ち華厳を稟けて如来慧に入る菓熟して零ち易し」云云、釈籤の十に云く「当に知るべし法華は部に約するときは則ち華厳般若を破す」云云。
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